結論:強制加入を前提に得か損かを見る
「法人にすると社会保険が強制加入になって負担が増えると聞いた。本当に損なのか」——法人化を検討する人がよく抱く不安です。先に結論を言うと、法人化したら社長1人だけの会社でも社会保険(健康保険・厚生年金)への加入は義務で、これは選べるものではありません。だからこそ判断のポイントは「加入するかどうか」ではなく、社会保険の負担増を踏まえても法人化が得かどうかです。
個人事業のときは国民健康保険・国民年金だった人が、法人化すると協会けんぽ・厚生年金に切り替わります。保険料は会社と本人で折半する仕組みですが、一人社長は会社負担分も実質的に自分の会社が払うため、負担は確かに重く感じられます。一方で、厚生年金は将来の年金が手厚くなり、健康保険では傷病手当金などの給付も使えるようになります。払うだけでなく戻りもあるのが社会保険です。
このページでは、強制加入の根拠・個人事業との違い・負担の規模感・未加入のリスク・給付という戻りを整理したうえで、「社保負担を許容できるか/できないか」をタイプ別に点検します。具体的な損益分岐の試算は手取り比較シミュレーター、所得ラインでの判断は法人化のタイミングへつなぎます。
このページで扱う範囲
ここでは「法人化する前の判断段階で、社保の負担増をどう評価するか」に絞ります。役員報酬を決めた後に標準報酬月額・等級表で保険料がいくらになるかは役員報酬と社会保険、社保激増で後悔した事例は法人化で後悔した事例、会社員が副業で法人を持つ場合の社保(二以上勤務)は副業の法人化で扱っています。
法人は社長1人でも社会保険が強制加入
法人の事業所は、従業員の人数に関わらず社会保険(健康保険・厚生年金保険)の強制適用事業所です。これは健康保険法3条3項2号・厚生年金保険法6条1項2号に定められたもので、「法人の事業所」であること自体が加入義務の根拠になります。
ポイントは、役員報酬を受け取る代表者が自分1人だけの会社でも加入義務があることです。「従業員を雇っていないから関係ない」とはなりません。法人化して自分が役員報酬を受け取る以上、その報酬を受ける代表者は被保険者となり、健康保険・厚生年金に加入します。これが「法人にすると社会保険が強制になる」と言われる仕組みです。
役員報酬ゼロなら例外もある
役員報酬が支払われていない(ゼロの)場合など、被保険者とならないケースもあります。ただし、報酬を受け取って生活している一人社長は原則として加入対象です。「報酬をゼロにして社保を回避する」は生活費や将来の年金とのトレードオフがあり、判断段階で安易に選べる方法ではありません。
個人事業との違い:国保・国民年金からの切り替え
なぜ法人化で社会保険が「新たに」のしかかるように感じるのか。それは、個人事業の社会保険の扱いが法人とまったく違うからです。
個人事業所は、常時5人以上の従業員がいる特定の業種のみが強制適用で、5人未満の事業所は任意適用です。さらに、農林漁業・飲食業・理美容業などは5人以上でも強制適用とならない業種(適用除外業種)があります。つまり、従業員のいない、あるいは少人数の個人事業主の多くは、国民健康保険・国民年金に加入していました。
| 事業形態 | 社会保険(健保・厚年)の扱い | 加入する制度 |
|---|---|---|
| 法人(社長1人〜) | 人数を問わず強制適用 | 協会けんぽ・厚生年金 |
| 個人事業(特定業種・常時5人以上) | 強制適用 | 協会けんぽ・厚生年金 |
| 個人事業(5人未満/適用除外業種) | 任意適用(多くは未加入) | 国民健康保険・国民年金 |
この対比が、法人化で社会保険が論点になる理由そのものです。個人事業のときは国民健康保険・国民年金だったのに、法人化すると協会けんぽ・厚生年金に切り替わる——制度が変わることで、保険料の計算方法も負担の重さも変わります。これは選べるものではなく、法人の事業所であることによる強制的な切り替えです。
負担はどう変わるか(ざっくりした規模感)
健康保険・厚生年金の保険料は、役員報酬の額に応じて決まる標準報酬月額をもとに計算され、会社と本人で労使折半します(健康保険法161条・厚生年金保険法82条)。一般の従業員なら「給与から天引きされる本人負担分」だけを意識すれば済みますが、一人社長は事情が違います。
一人社長の場合、会社負担分も実質的に自分の会社が払うため、「会社負担+個人負担の両方」を自分が負担する社会保険料として見ておく必要があります。給与明細上の本人負担分だけを見て「思ったより少ない」と判断すると、会社の資金繰りで実際に出ていく総額を見誤ります。
料率の水準は、令和8年度ベースで厚生年金が18.3%、健康保険が協会けんぽでおおむね10%前後(都道府県により変動、40歳以上は介護保険分が上乗せ)で、いずれも会社と本人で半分ずつです。役員報酬を高く設定するほど標準報酬月額が上がり、保険料も増える関係にあります。
具体的な金額は役員報酬を決めてから
ここでは「役員報酬が上がるほど保険料も上がる」「会社負担と個人負担の合計で見る」という規模感の把握にとどめます。標準報酬月額の等級表に沿った具体的な保険料額(役員報酬◯◯万円なら月額いくら)は、保険料率や等級が年次で変わるため、最新の数字で計算する役員報酬と社会保険の解説で確認してください。判断段階では「年間でまとまった負担増が発生する」という規模感をつかんでおけば十分です。
加入しないとどうなるか
社会保険料の負担が重いからといって、法人が加入を避けることはできません。強制加入である以上、未加入は是正の対象です。年金事務所の調査などで未加入が判明すると、加入手続きを求められます。
問題は、それが過去にさかのぼって行われる点です。保険料を徴収する権利には2年の消滅時効があり(健康保険法193条・厚生年金保険法92条)、未加入が判明した場合、時効にかからない範囲(最大2年分)まで遡及して保険料が徴収されうることになります。本来なら毎月分けて払うはずだった保険料を、まとめて請求される形です。
未加入が判明したときに起こりうること
- 遡及加入:調査で未加入が判明すると、過去にさかのぼって加入手続きを求められる
- 保険料の遡及徴収:保険料徴収権の時効は2年。時効にかからない範囲(最大2年分)の保険料がまとめて請求されうる
- 延滞金:納付が遅れた分について延滞金が加算される場合がある
- 資金繰りへの打撃:まとまった額を一度に求められるため、事業の資金繰りに大きく響く
つまり「とりあえず加入せずに様子を見る」は、後でまとめて負担が来るだけで、得にはなりません。法人化を決めるなら、社会保険料は毎期かかる固定的なコストとして最初から織り込んでおくのが現実的です。
負担増の裏側=給付の手厚さ
社会保険料の負担増は、デメリットの面だけが語られがちです。ですが、負担が増える裏側で受けられる給付も手厚くなる点を公平に見ておく必要があります。
| 制度 | 個人事業(国保・国民年金) | 法人化後(協会けんぽ・厚生年金) |
|---|---|---|
| 老後の年金 | 国民年金(基礎年金)が中心 | 基礎年金に厚生年金が上乗せされ、手厚くなる傾向 |
| 病気・ケガで働けないとき | 原則として所得補償の給付なし | 傷病手当金が受けられる場合がある |
| 出産で働けないとき | 原則として所得補償の給付なし | 出産手当金が受けられる場合がある |
厚生年金は国民年金(基礎年金)に上乗せされるため、将来受け取る年金が国民年金だけの場合より手厚くなる傾向があります。健康保険では、病気やケガで働けないときの傷病手当金、出産で働けないときの出産手当金など、国民健康保険にはない所得補償の給付が使える場合があります。
もちろん、これらの給付は要件を満たした場合に受けられるもので、「払えば必ず得する」と断定できるものではありません。ただし、社会保険料を「ただ取られるコスト」と捉えるのと、「将来の年金や万一の所得補償への積み立てを含む」と捉えるのとでは、法人化の判断は変わってきます。負担と給付の両面を並べて評価するのが公平です。
社保負担を踏まえて法人化が得かを判断する
ここまでを踏まえて、「社会保険の負担増があっても法人化が得か」をどう判断するかを整理します。結論の方向性は、社会保険料の増加分を、法人化による節税効果(法人税の軽減税率・所得分散など)が上回るかです。
所得規模が大きいほど、法人化による税負担の軽減幅は大きくなる傾向があり、社会保険の負担増を吸収しやすくなります。逆に、利益がまだ小さい段階では、節税効果より社会保険料・固定費の増加が上回り、「法人化したのに手取りが減った」となりやすくなります。下のチェックリストで、自分がどちらのタイプに近いかを整理してみてください。
社保負担を「許容しやすい」タイプ
- 事業所得が継続的に大きく、法人化による節税効果が社保増を上回る見込みがある
- 将来の年金の上乗せ・傷病手当金などの給付を、自分にとって価値あるものと考えている
- 社会保険料を毎期の固定コストとして資金繰りに織り込める利益水準にある
- 取引先の要求・融資・信用など、税以外の理由でも法人化のメリットが大きい
社保負担を「許容しにくい」タイプ
- 利益がまだ小さく、社保増・均等割などの固定費に節税効果が追いつかない
- 利益の波が大きく、報酬を下げた年でも社保の固定的な負担が重く感じられる
- 国民年金基金やiDeCoなど、別の手段で老後資金を準備する方針が固まっている
- 法人化の主目的が社保メリットではなく、税・信用面のメリットも小さい
判断は社保「単体」で完結させない
社会保険の負担増は法人化判断の一要素にすぎません。最終的には、税負担まで含めた手取り全体で個人と法人を比較するのが確実です。自分の年商・経費・希望役員報酬を入れた試算は個人vs法人 手取り比較シミュレーター、どの所得ラインで法人化を考えるべきかは法人化のタイミング、社保を抑える役員報酬の設計は役員報酬の決め方で詰められます。判断に迷う段階では、社保まで含めた個別判断を税理士に相談するのも有効です。
よくある質問(FAQ)
一人社長でも社会保険に加入しなければいけませんか?
はい。法人の事業所は従業員の人数に関わらず、健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所です(健康保険法3条3項2号・厚生年金保険法6条1項2号)。役員報酬を受け取る代表者が自分1人だけの会社でも、社会保険への加入義務があります。役員報酬がゼロの場合など一部例外はありますが、報酬を受け取って生活している一人社長は原則として加入対象になります。
法人化すると社会保険料はいくらくらい増えますか?
健康保険・厚生年金の保険料は、役員報酬の額に応じて決まる「標準報酬月額」をもとに計算され、会社と本人で労使折半します。厚生年金の保険料率は18.3%、健康保険は協会けんぽの場合おおむね10%前後(都道府県や介護保険該当で前後)で、いずれも半分ずつの負担です。ただし一人社長は会社負担分も実質的に自分の会社が払うため、会社負担と個人負担の合計を「自分が負担する社会保険料」として見ておく必要があります。役員報酬ごとの具体的な金額は、標準報酬月額の等級表に沿って計算する役員報酬と社会保険の解説で確認してください。
国民健康保険・国民年金のままではダメなのですか?
法人化して役員報酬を受け取ると、原則として国民健康保険・国民年金ではなく、協会けんぽ(または健康保険組合)と厚生年金に切り替わります。個人事業のときは国保・国民年金だった人も、法人成りすると社会保険の被保険者になります。これは選べるものではなく、法人の事業所であることによる強制加入です。国保・国民年金に残る選択はできません。
社会保険料が増えるなら法人化しないほうが得ですか?
一概には言えません。社会保険料は負担が増える一方で、厚生年金は将来受け取る年金が国民年金だけの場合より手厚くなり、健康保険では傷病手当金・出産手当金といった給付も使えるようになります。また、法人化による法人税の軽減税率・所得分散の節税効果が社会保険の負担増を上回るケースもあります。社保負担「だけ」を見て判断すると見誤るため、税負担も含めた手取り全体で比較するのが確実です。自分の数字での比較は個人vs法人 手取り比較シミュレーター、所得ラインでの判断は法人化のタイミングを参照してください。
出典・編集情報
このページは以下の公的機関・法令の公表情報を一次ソースとして作成しています。料率・基準は令和8年度(2026年)時点の内容です。
- 日本年金機構(適用事業所と被保険者・厚生年金保険料率)
- e-Gov 法令検索:健康保険法(3条・161条・193条・99条・102条)
- e-Gov 法令検索:厚生年金保険法(6条・82条・92条)
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)保険料率
執筆: 法人化ナビ編集部 / 最終更新: 2026年6月4日
内容は令和8年度(2026年)の現行法令に基づく一般的な解説で、個別の事案への適用を保証するものではありません。社会保険の保険料率・標準報酬月額の等級は年次で変動し、傷病手当金・出産手当金などの給付には各制度の要件があります。本ページでは具体的な保険料額の計算には踏み込んでいません。実際の負担額・給付の可否や、社会保険を踏まえた法人化の判断にあたっては、最新の料率での試算と、税理士・年金事務所などへの確認を併用してください。